仕事

社会貢献度の高い仕事が報われないのはおかしい。

今回は、今の世の中における「仕事」の在り方に対して、私が感じている疑問や意見を書いてみたいと思います。

直接みなさんの日常の仕事に役立つ記事ではないかもしれませんが、仕事という概念について改めて考え直すきっかけにしてもらえれば嬉しいです。

今の世の中は「目立ったモン勝ち」

現代社会では企業が、あるいは自営業やフリーランスであれば個人が顧客に対してモノを売り、その対価として金銭を受け取るという社会の仕組みになっています。

この場合でいう「モノ」とは物理的なカタチを成しているものに限らず、サービスも含まれます。

では、顧客がモノを購入する時、競合する製品やサービスの中からどのような基準で選んでいるのか?

もちろん金額の安さは重要ですが、それだけでは買ってもらえません。

昔であれば、

  • 性能の良い製品
  • 信頼できる業者
  • 腕のいいサービス
  • 実力のあるアーティスト

などが消費者や顧客に選ばれていたのだと思います。

つまり、純粋に良いモノ、付加価値の高いモノが売れていたということです。

しかし、インターネットが発達した現代ではその前提が崩れてしまいました。

ネットを通じてどんな企業でも、個人でも、自分の売るモノをアピールできる時代です。

するとどうなるのか。

モノ自体の性能の良さ、信頼性、社会貢献度といった直接的な価値ではなく、どれだけ多くの人の目に留まったか、印象に残ったかどうかで選ばれるようになる。

つまり、「とにかく目立ったもん勝ち」の状況です。

膨大な選択肢の中から、いかに「わが社」を、「私」を選んでもらうか。

そのための姑息な戦略ばかりを、皆追いかけているように思えてなりません。

マーケティングが得意な人ばかりが利益を得る

このように、モノが売れる仕組みを構築することを「マーケティング」と呼びます。

しかし、私はこのマーケティングという概念がどうしても好きになれません。

世の中では、「この商品で人々の生活をより良くしたい」といった崇高な理想を掲げているにも関わらず、裏ではしたたかなマーケティング戦略を講じている企業や個人を多く見かけます。

そういうのを見ると、私はすごく残念な気持ちになります。

そういったマーケティングは結局、

「私が私が私が!」「我々が我々が我々が!」「当社が当社が当社が!」

という自己顕示欲の塊のように思えてしまうのです。

そして、自分たちのモノを買ってもらえるように顧客の心理を誘導する。

時には消費者自身が気づかないままに、まるで自分の意思で選んだかのように、特定のモノを買わされている。

極端に言ってしまえば一種のマインドコントロールです。

そのような権謀術数を巡らし、とにかく目立つことや人心をコントロールすることに成功した企業や個人が多くの利益を手にするのが今の世の中です。

果たして本当にそれで良いのでしょうか?

ただ目立つことを目的としたずる賢い戦略とは、一切無縁な人。

つまり、純粋に人を想う、人の力になる、人の役に立つためのより良い製品やサービスを生み出す仕事に全身全霊を捧げている人。

そういう人々が経済的に損な役回りを押し付けられているのはおかしいのではないか?

報われるべき人が正当な対価を得られる世の中になってほしいと私は願っています。

現在の社会はお金の流れと社会的価値が一致しない

人間社会では、「お金」の流れと「良いこと、善いこと」の流れが一致していません。

お金の法則と社会的価値の法則は全く別物です。

これがもう、本当に理不尽で納得できないですね。

つまり、人道的・倫理的には問題があったり、グレーなモノであったとしても、それを欲しがる世の中のニーズがあれば売れてしまう、儲かってしまうのです。

武器・兵器の売買や動物の密猟なんかはその最たるものですね。

もっと身近な例として、いわゆる「ソシャゲ」が挙げられます。

高額な課金や依存症で生活が破綻してしまう事例が問題となっています。

確かに、ゲーム中に警告画面を出すなど、ゲーム会社も依存症を防ぐために多少の対策は講じています。

しかし、ソシャゲ自体の基本的なシステムは変わっていません。

依存して金銭面、精神面、健康面をダメにしてしまう人はゼロにはなっていません。

課金の上限額をゲーム会社側で制限するなど、本気を出せば根本的な対策もとれるはずです。

でも、決してそのようにはしません。

それは、儲かるから。

自分の生活をダメにしてまでお金をつぎ込んでくれる消費者がいるおかげで儲かっているからなのです。

人の人生を破壊してしまうようなモノでも、「ニーズがある」という一点を満たせれば売れてしまう。

お金の流れを生み出すことができ、面白いように儲かってしまう。

そんな社会構造に、私はどうしても疑問を抱いてしまいます。

そもそも、先程のソシャゲの例で言えば、「課金して新しいキャラをGETしたい」というニーズは消費者が元々持っていたニーズではなく、ゲーム会社によって巧妙に心理を誘導されて発生した人工的なニーズとも捉えることができます。

社会貢献度が高い仕事が報われない世の中

もちろん、経済を回せるような商才を持った人々は凄いと思っています。

魅力的な製品やサービスを考案し、大衆に広め、世の中のお金の流れを生み出す人。

そんな人がいるおかげで、税金や社会保障といったあらゆる社会のシステムが成り立っています。

でもやっぱり、そういう人は「売れるための戦略」を徹底していることも事実。

行動心理学や広告戦略、キャッチコピー、SEO(検索エンジン最適化)といったツールを使いこなしています。

純粋に社会に貢献する気持ちよりも、「自分が」得をする、「自分に」お金が回ってくるために行動している側面が大きいように思えるのです。

それに対して、環境保護や災害支援、貧困の援助のように、直接的な社会貢献度の高い事業を行う組織であるNPOやNGOは、常に活動資金の調達に苦心しており、そこで働いている人の給料も安い場合が多いです。

どんなに社会貢献度が高く、強い熱意を持って働いていても生活が苦しい。

営利目的の組織ではなく、お金の流れを生み出していないから。

NPOやNGOの生み出す成果は、人間社会の「お金」という価値にはならないから。

そんな、あまりにもやるせない理由で。

人道的、倫理的には素晴らしい事業であっても、人間の顧客が持つ何らかのニーズを満たすモノでなければ、消費者の欲望を満たすモノでなければ、結局お金は回ってこない。

そんな現状がとても歯がゆく感じます。

また、NPOやNGOの話と似ていますが、保育士や介護士といった仕事も比較的給料が安いです。

  • 世の中に絶対に必要
  • 他人の命を預かる
  • 責任が大きい
  • クレームが多い

という非常に大変な仕事であるにも関わらず、待遇がいいとはとても言えません。

高度な専門性が必要ないから…というのが理由なのでしょうが、社会貢献度が高い仕事の割にはあんまりな状況だと思います。

もちろん、何が正しいことで、良いことで、善いことなのかは人それぞれの価値観で違うでしょう。

そうだとしても、世界を良くするために献身的に情熱を捧げて働いている人々が、いかに目立つか、いかに顧客の心理をコントロールするか、いかに自分達のモノを買わせるかといった利己的な戦略に長けている人間達に負けてしまう社会の仕組みは、やっぱり腑に落ちない。

…そう感じるのは私だけでしょうか。

まとめ

今回のコラムでは、今の世の中における「仕事」の在り方に抱いている私の違和感について書きました。

結局何が言いたかったのか、要点をまとめると

『自己アピールや人心を操るのが得意なしたたかな人や組織ばかりが、
経済システムという大きな流れに乗るのが上手い人ばかりが成功するのではなく、
人を想い、誠実に、献身的に仕事をする人がもっと正当に報われる社会になってほしい。』

ということです。

世の中からお金をなくすべきだ、と言っている訳では決してありません。

他人の笑顔や幸せのために働きたい、社会貢献度の高い事業を起こしたいと考えている心優しい人達が、経済システムの高い壁にぶち当たって挫折する。

それはあまりにもったいないですし、社会にとっても損です。

世の中のお金の流れ方や仕組みがほんのちょっと変わることで、そんな悲しい事例が少しでも減ってくれればいいな、というのが私の切なる願いです。

現状の仕事や社会のシステムをただ無条件に受け入れるのではなく、自分が素直に感じた違和感を大切にする。

仕事の在り方に関する矛盾や理不尽にアンテナを張り、常に問題意識を持つようにする。

そんな姿勢はきっと大きな意味を持つと思います。

今回書いた私の考え、価値観が一般の人に受け入れてもらえるとは正直思っていませんが、仕事という概念に対してこういう捉え方もある、と一つの参考にしてもらえればありがたいです。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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